先日、長女に新しいサンダルを買いました。
今まで履いていたのは、プリンセス好きな女の子なら一度は通るであろうキッズラバーシューズ。
長女はそれを「ガラスの靴」と呼び、もうびっくりするくらいのヘビロテ。
装飾が取れてしまっても、私がボンドで修復。
「ママ、直してくれた!」とまた嬉しそうに履き続けてくれて…。
サイズアウトするまで、とにかく大事にしてくれていました。
憧れはお姉ちゃんのサンダル
そんなお気に入りの靴だから、最初は「またガラスの靴にする!」と言っていた長女。
ところがある日突然、
「○○ちゃん(スイミングで仲良しの小学生のお姉ちゃん)みたいなサンダルが欲しい!」
と宣言。
よし、夢だった娘とのショッピングだーー!と私もワクワク。
まさかの“冬物侵食”事件
いざ目的のお店へ。
ところが靴売り場の半分以上が、まさかのムートンブーツや長靴など冬物。
「いや、毎日まだ灼熱なのに?!」
お盆を過ぎると、店頭は急に秋冬モードになることを、すっかり忘れていました…。
パパ vs ママ勃発
2件目では一応サンダルはあったけど、娘の理想のタイプには出会えず。
でも今日は「サンダル買う!」って数日前から約束してたし、楽しみにしてる。
そこで私が「もうちょっと探そう」と言うと、パパが一言。

「ネットで探したら?何件も回るとか、昭和の買い物の仕方やん」
…カチーン。笑
ここでいきなり、夫婦のバトル勃発です(汗)
私は「自分で見て選んだ方が愛着湧くでしょ!」派。
パパは「タイパ重視!サクッとポチるのが効率的」派。
でも‥探して選ぶ動作も、購入ボタンを押すのも全部親側。
子どもにとっては「写真で見たものが、いつの間にか家に届いている」だけの体験。
もちろんそれでも嬉しい気持ちはあると思うんですけど…
画面越しじゃ、質感も履き心地も、色のニュアンスだって分からない。
「自分で手に取って選んだ!」という感覚が抜け落ちてしまうんですよね。
私はそれがちょっともったいないなぁと思ってしまうタイプです。
というのも長女は、いまだに
「これはあのお店で買ったやつだよね」
「あのとき○○に行ったときに買ったやつだよね」
って、ふと口にしてくれるんです。
ガラスの靴もそうだし、登園用のスニーカーもそう。
靴ひとつひとつに、ちゃんと**「買ったときの記憶」**が刻まれてるんです。
だから私は、効率やタイパコスパを気にせず、
「一緒に悩んで、一緒に決める」ことを優先したい。
その“寄り道”こそが、子どもにとっては宝物の時間になる。
結局それって、モノを大事にする気持ちにつながっていくんじゃないかな、って思うんです。
ついに運命のサンダルに出会う
そんなこんなで3件目。
ついに娘の「これがいい!」というサンダルに出会えました。
購入後すぐに履いて帰るほどお気に入り。
寝る前には「サンダル見てから寝る!」と玄関にダッシュ。
…あぁ、この感じ。ガラスの靴のときも同じだったな。
きっとまたこれから、このサンダルと一緒にいろんな思い出ができるんだろうなー!
(夫婦ゲンカの思い出は、なるべく消したいところですが。笑)
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